公開講義・・・うだうだ

今日はアネッテさんがうちのクラブに来る日。本川先生の公開講義がある日。迷った末、アネッテさんにはまた会えるからと、本川先生の方へでかけました。

大岡山朝9時。前日から緊張。

10分前に駅に着き、5分前に教室に入るはずが、南北線で急病人がでたため,少し遅れました。もう最初の歌が始まっていました。
もっと前に座りたかったけれど、階段教室のうしろ4分の一にしか人がいないのです。今から前の方に行く勇気はありません。

maminekoのあとからも、入ってくる人はいました。
本川先生はおこりっぽくはないみたい。
大阪外大の某先生は怒ってはりました。「わたしが京都からここまでちゃんと来ているのに、教えられる立場の君たちが遅れてくるのはどういうことか!」雰囲気悪くなるような怒り方でした。まあ、遅れてあとから後からぞろぞろ入ってくる方が悪いのは決まっていますが、学生の方とすれば、「朝の1限に必修持ってこないでよね」・・・・  もう10年以上前のことです。

高校教科書の内容を次々に歌っていかれます。このへんは受験勉強したのでおぼえてる、おぼえてると心の中でつぶやいていました。師管の師が篩いの篩というお話に納得。

思えば、わが母校の生物の授業はひどかった! 
1年の時のS先生は1年間浸透圧の話しかしませんでした。試験は「浸透圧について書け」1問だけだったかな? 採点は答案を扇風機でとばしてするとい噂でした。遠くまで飛んだ方が高得点ということだったかしら・・ 風貌からして変人ぽかったです。
大学の教養課程のような授業を先生はしていたのだと、大学へ入ってからわかりました。でも、高校は高校の授業をしてほしかった。受験勉強で自分で生物の勉強しなかったら、この日の歌の内容、ほとんど全部知らないままだったんだよ!
自分で勉強した知識は憶えていますが、S先生の浸透圧の話はなーんにも憶えていません。江戸川乱歩の話にでてくる怪人のような人だった~と印象が残るのみ。
もう一人、2年の時の生物の先生、こちらは、細胞の核周辺の話がやたら詳しく、ほかの話なんてあったかしら? 細胞の話はしっかり頭の中に残りました。S先生よりは変人度が低く、普通の言葉でおはなしになりました。
お二人とも指導要領は無視!でしたね。もう一人生物の先生がいらっしゃいましたけど、こちらはどうだったんでしょう。当たりませんでした。

さすが朝の1限だけあって、寝ている子がそこそこいました。学生にも歌わせるか、先生の歌の間、5,6人ずつ前の演台にあげて踊らせれば、起きているでしょう。声を出すとか、体を動かすと、集中できるものです。わりに私語は少なかったです。わずかに1組。

教科書を作っておられるとは存じませんでした。なぜか高校の教科書は高校の先生でなくて、大学の先生が作るのでした。不思議。
イメージで説明すると理解しやすいのだけど、イメージを書くと教科書検定は通らないとのこと。
大宅壮一は名人でしたね。ほんとに、簡単な言葉でぱっと分かることがあります。その手を使えないのは難儀ですね。ならば教師用の指導書のほうにイメージをたくさん盛り込むのはいかが。
本来、教師は教科書に書いてあることを上手に料理して、生徒が受け入れやすくするのが仕事なのだと思います。でも、上手にできない人もいるので先生特製のイメージてんこもりのアンチョコがあると助かるでしょう。先生も生徒も。

あっという間に1時間半過ぎました。自分の大学時代の先生のことも思い出しました。新任の助教授の第一声。「わたしは教員免許をもっているわけではない。教科教育法とかそういう授業を受けたことがない。大学の教師は教え方は知らなくてよいことになっている」
ここまではっきり言う人は一人だけでしたが、「教える」ことにあまり熱心でない人が何人もいました。一番よく憶えているのは、「日本国憲法」のA教授、京都からわざわざ来てくださっているのですけど、あれはひどかったです。話している方だけでなく、聞いているほうの学生も時間を割いているということを思ったことがあればああはならなかったでしょう。
[PR]

by mamineko110 | 2006-01-28 23:58 | うだうだ