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最近読んだ本

こんちき    諸田玲子 文藝春秋
お鳥見女房  諸田玲子 文藝春秋

最初読み始めたときは読みにくい本だと思いました。ちょっとイラつきました。この手の本を手に取るときはリラックスするために読むのですから。2冊とも中途で放りだしました。
今日、もう一度手に取ると、さーーと気楽に一気に読めました。
こちらの体調or心理状態がおかしかったのでしょう。
気楽に読める本が書けるのは才能だと思います。この人は、リストラされるまで10年間、会社で商品開発や宣伝をしていたのですからすごい! 
いったいどのようにしてこんな架空の話を作り上げるのでしょう。

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庭のはごろもジャスミンをうっかり切ってしまったので、トイレに置いてみました。つぼみだったのが開花して、甘いにおいがたちこめています。
トイレにはちょっと似合わいません。今度は玄関に置いてみようかな。
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by mamineko110 | 2007-05-10 00:41 | Comments(0)

更年期

d0053578_2332030.jpg更年期 日本女性が語るローカル・バイオロジー  マーガレット・ロック  みすず書房

英文講読の時間に更年期のことを読むので、予習のつもりで読むことにしたのですが、けっこうはまりました。
はじめにさらっと更年期について医学的説明があり、あとは社会学的な方向からのアプローチです。
著者はアメリカ人ですが、日本の更年期世代の女性に聞き取り調査をしました。対象となった人たちは昭和ひとけた世代にあたります。
「更年期」がどうこうということより、その人たちが語る自分の来し方・今の境遇、自分自身をどういうものととらえているかが興味深かったです。

肝心の英文講読の方は、正直、つまらなかったです。更年期障害のさまざま、どのようにして起こるか、その対処法がえんえんと続きました。がっくり。
わざわざ英語で読むからには、もうちょっと 読んで甲斐あるものがよかったナ
でも一つだけ 
If you're most women, you've probably spent much of your life up to this point focusing on the people who need you: your spouseor partner, your friends, your coworkers.
ここを読んで あれ? と思いました。わたしたちの持ってるアメリカ女性のイメージと違いますものね。先生は、日本人とは程度が違うと思いますよとおっしゃってました。
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by mamineko110 | 2007-05-05 00:26 | 読書 | Comments(0)

最近読んだ本 

06年版ベスト・エッセイ集 カマキリの雪予想 日本エッセイストクラブ編
何ということもありません。 有名人が書いているというだけ。ネットであっちこちのブログを読むようになって、この手のものへの点がからくなりました。

秋の森の奇跡 林真理子 小学館
林真理子は「プロだなぁ」と人物描写・人間観察に感心したものでしたが、これはあんまり思いません。「新井」って女にとってすごくいい男性。だから「秋の森の奇跡」というタイトルなのでしょうか?それにしても林真理子の小説の主人公は、美人ばっかり。魅力的(異性から)な人ばっかり。普通の人はないんでしょうか? 

恵比寿屋喜兵衛手控え 佐藤雅美 講談社
佐藤雅美の直木賞受賞作。 以前に何冊か読んだ著者の「物書き同心居眠り紋蔵」とか「揚羽の蝶半次捕物控」より筋立てが複雑、でも暗い。よくできてると思うけれど、こういうのはお気楽に楽しんで読みたいので、ちょっね。

被差別部落の青春 角岡伸彦 講談社文庫
最近はこうなんだ・・・と思いました。

御書物同心日記         出久根達郎 講談社文庫
続御書物同心日記        出久根達郎 講談社文庫
御書物同心日記<虫姫>   出久根達郎 講談社文庫
最近日経新聞にこの人のエッセイが連載されていたけど、「お年寄り」といtった印象。この3冊は8年ほど前の作品だけど、お年寄りが書いたような感じはしません。気楽に読めました。
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by mamineko110 | 2007-05-01 00:45 | 読書 | Comments(0)

最近読んだ本

医療崩壊 「立ち去り型サボタージュ」とは何か 小松秀樹 朝日新聞社
                               青字は本からの引用です
この本は読もうと思って読んだのではありません。そこらに転がってたのでちょっと手をだしたのです。ぶらぶらと読んでいました。そこは著者のメインの伝えようとする部分ではないところなのですが「おー」というところがたくさんありました。こころの中に漠然とはあるのだけれど形になっていない思いが、他の人によってはっきりと言われている、そんな感じです。そして、さらにその向こうのことまでが目の前に示され、感心してしまう。
                         
一つ目、ここは中西準子『安心・安全』の氾濫が作り出す不安」(中央公論)2005年3月号からの引用の部分なのですけど
安全を得るためには通常莫大な費用がかかるので、自分で支払う場合にはほどほどのところで誰もが妥協するが、責任が他にあるとなれば、その要求も際限なく大きくなってしまう。「安全」は、目指すべき方向性を示す目標のはずだったが、いつのまにか、際限のない安全を要求する権利があるという誤解に発展している。そして、それが満たされないと、不安になるのである。いや、不安を言い募っていいと思うのである、それは自分の責任ではないから。
そうですね。なるほど。
「安心」という個人の心が大きく関係することが政策目標に入ってしまった
 「安心」という心の状態は、システムで得られるものではないし、また、通常は、生きている間にはなかなか得られない。 もし、得られるとすれば、個人が自己との闘いの末、ある種の欲求を捨てることと引き換えに得られるもののような気がする。

うーんそうなんだ。
その安心を与えるのは国や企業であるとなれば、だれもが自己との闘いをやめてしまい、結果として不安が大きくなる。私は、当初、安心というのは飾り言葉のように捉えていて、それを本気で受け取る人がいるとは思っていなかった。ところが、企業の経営者が年頭挨拶で「これからは、企業は安心を与えることを目標に」と述べるのを耳にし、テレビのキャスターが、「安全と言えるかもしれないが、国民は安心感を持っていない、そこが問題だ」というような発言をし、「老後は不安ですか?」というアンケートをとって、六割もの人が不安と答えた。国の政策はどうなっているのかと怒るレポーターを見ていると、不安との闘いという個人の心の課題が、いつの間にか国や企業の責任に代わりつつあることを実感するのである。これでははかえって不安、不安という人が増える。
そのテレビのキャスターが言ってるのは見たような気がします。

それから、二つ目、
ここはいいとして患者は疑心暗鬼で医療をみるようにになってきた。医療の結果が本人の望んでいた通りでないと、とげとげしい反応が出てくるケースが明らかに多くなってきた。ここから
この背景は二つある。一つは、自分の行為にたいしては100パーセントの完璧を要求しないが、一旦、これが他人の行為となると100パーセントの完璧を要求するという、人間に備わった困った性質である。これは「身勝手」と言い換えてもよい。心がこういう動きかたをしても、たいていの人は、はっと気づいて「お~ まず」となるのですが、自覚なしで臆面もなくこうなる人がいるんですよね。
もう一つの背景は傷害者や死者への思いやりの過度な社会規範化である。これを判官びいきという大衆感情の社会化であり、冷静な判断の対極にある。かつて、大平総理大臣、小渕総理大臣が在職中に死亡したときのメディアの反応を思い出していただきたい。直前まで悪口の書き放題だったメディアが、死亡した途端、がらっと論調を変えた。もし、国政の運営に瑕疵があるとすれば、個人の死とは無関係である。政治はその後も続くのである。メディアが責任を自覚するのなら、死亡した宰相の政治行動への批判は死後も変えてはならない。死者をむち打つことへの社会からの反発を敢えて引き受けるべきである。ほんとにそう。感情的。このことだけではなく、新聞もテレビも、感情にうったえるような報道をしていると思う。

その次
批判受容力「医師にとってもっとも重要な能力は、自分への批判をおだやかに検討し、これを向上の機会とすることである」
この言葉があてはまるのは医師とはかぎらない。あらゆる専門家、管理者にあてはまる。個人である必要もない。
そういう人だけでなく普通の人間にもあてはまるでしょう。
外交評論家の岡崎久彦氏は、アメリカのインテリの間で意識されている国家としてに「挑戦受容力」とでもいうべきものを紹介している。
「国家の資質に対するこれ以上フェアなテストがあるだろうか。深く考えれば、アメリカ社会に対するクレムリンの挑戦に対して不平を言う理由などない。国家としてのアメリカの安全が、国民が結束して道徳的政治的なリーダーシップをになうという歴史的課題をはたせるかどうかにかかるという、この不可避の試練をアメリカ国民の当て給もうた神の摂理にやがては感謝することになろう」ジョージ・ケナン氏である。
「中国の挑戦は、これから何十年と続く多元的なものであり、米ソ競争よりも生産的なものとなる可能性がある。それは、それぞれの国の、貯蓄と当市、教育、保健、そひて政治の正当性の競争であるが、もし中国との競争のために米国ももともと必要だった諸調整、改革を行わねばならないとしたならば、それは苦しいことではあるが、歓迎すべきことである」中国専門家ランプトン氏である。
アメリカって、自分勝手でどうしようもないところといいところがあるんだけど、前向きなのですね。
それから
日本の官僚制度はそう捨てたものではない。真のエリートがかならず含まれている。損得だけを考えるのなら、検事になったり、官僚になったりしないと思う。もっと少ない労働時間とか、多い収入の職業も選べたはずですからね。身近に該当者はいませんが、マスコミは悪いもののように、感情をあおりすぎではないかと常々思っています。
自覚的エリートの生き甲斐とは何か。大げさだが、歴史に参加することに違いない。外から批判があったとき、真のエリートが意味なく反発するようなことは考えられない。エリートは責任を自覚している。歴史の転換点に遭遇したとき、正しい方向に導くことがエリートの最大の責任であり、常にそのときに備えている。歴史の流れは危うく、未来はいかようにも動く。歴史の必然性はマルクスの妄想である。歴史を無意味に停滞させたり、間違った方向に導いてはならない。外部からの批判があったとき、きびしいものであればあるほど、しっかり考えるに違いない。問題が大きいとき、エリートは本質をみようとすべきである。本質的な変革がすなわち歴史の転換である。エリートはこれを死処と考えなければならない。小手先の対応をせずに、知恵を絞って、広く意見を聞いて、苦しくても、批判者が自分の批判の薄っぺらさを恥じるような、万全の改革を開始するだろう。これこそ真のエリートの責務である。著者は本来の仕事だけでも十分多忙なはずなのに、東大の講座を受講したり(今は講義する方とか)、こんな読み応えのある本を書いています。「自覚的エリート」とは、まずご自身のことなんだなと思いました。

最後に
「世論」とは何か 一般的に同じような内容の報道回数が急増する場面があると「世論」が形成されたと表現される。私は、「世論」ということばは、その表面上の意味と実体に乖離があると考えており、使用する習慣がない。本書で何箇所か「マスコミ通念」ということばを使っているが、これは私が考える「世論」の実体面を表現したものである。そう、新聞とかテレビで「世論」が・・・というと、胡散臭い!と思うことも度々ありました。どうして、どこが、どういうふうに胡散臭いか、例を挙げ、筋道たてて書いてあります。
やっぱり うーん
ここには書きませんが、著者がこの本を書いた主旨もはっきり伝わります。読みやすいし、この中身で1600円は安いと思いました。
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by mamineko110 | 2007-04-29 23:45 | Comments(7)

反社会学講座 先を越されました

d0053578_21542542.jpg反社会学講座
この本については、新聞の書評で読んで、そうだそうだ! おもしろそう☆ だったのですが、なにしろ、左を向いていた時に考えていたことを、右を向いた時には忘れている身。すっかり忘れていました。

それを 数日前、ひとのブログで発見しました。うふふふの「反社会学講座」 
こちらも早速入手読了しました。
この著者パオロ・マッツァリーノさんとは 滅茶滅茶気が合います。わが意を得たり☆ わが意を得たり☆ の連続。 こういう話ってだーい好き。
世間で常識とされているけれど直感的に「なーんだか変?」と思っていた数々を、社会学の手法と論理を使って証明してくれます。
以下表と緑字の部分は反社会学講座からの引用です。

ハイライトはやっぱりここ
第2回キレやすいのは誰だ ●戦後最悪凶悪少年決定戦、略して凶-1グランプリ
世間の人々は「だんだん世の中が悪くなって・・・・」とか「最近のこどもはきれやすい」「昔はこんなことなかった」とか言います。「それ、ほんまかいな~」と疑ったことありませんか?
わたしは 江戸時代の人が書いた同じような嘆きを目にしてから、「やっぱりそうみたい」と思うようになりました。
それを、マッツァリーノさんは、統計資料根拠を示して明快に「うそですよ」と証明しています。

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最も少なかった平成2年と、最も多かった昭和35年では、件数の差は6.9倍にものぼります。というわけで、本日ここに戦後最もキレやすかった少年が決定致しました。グランプリは昭和35年の17歳、つまり昭和18年生まれで西暦2001年現在58歳の方々です。おめでとうございます。
その人たちは、今2007年ですから64歳です。シニアの若いころの話聞いてると、犯罪まではとてもとても行かなくても、けっこう暴力的だったりしますものね。荒っぽい時代だったんですね。

平成2年には、少年の8381人に一人が凶悪犯罪者でしたが、昭和35年は1142人に一人でした。
こわいですね。このころなんでしょうかmaminekoの出身中学校で、席次順に座らせていたとかいう時代は。公立中学なんですけどね。
ついでにいわせていただくと、テレビゲームでこどもがキレるというのもウソだとわかりました。昭和30年代には素晴らしく高性能なゲーム機など、存在しなかったはずです。食べ物をキレる原因とするのも無理があります。だったら、当時の給食でおなじみのクジラ肉や揚げパンは、ファーストフードより遙かに危険な食品だという結論になってしまいます。

JR東日本の調べによると、平成11年度、駅員に暴力をふるって警察ざたにまでなった乗客は、50代が最も多かったそうです。こんな危険なオトナたちを野放しにしておいていいものでしょうか。少年法改正論議の前に、50代後半の心の闇をなんとかしたほうがよさそうです。
心の闇」かどうだかわかりませんが、「うは~」とか「困ったもんだ}とぼやきたくなる人がシニアだということは多いです。少年でお行儀悪い子も確かにいます。
でも、それ以上に目につきます。

この「反社会学講座」はネットでも読めますが、本の方にしか載っていない部分があります。紙の方を読まれることをお勧めします。
読書感想文は良くない
日本人の場合、読書をしてもしなくても、成績に影響はありません。おとなはテレビの見すぎです。この30年間で年寄りがやたらと新聞ばっかり読むようになった。出版不況の原因jはおとなが新聞を読みすぎるせいです。
例えば、おおいなる共感と、へ~ ふ~ の連続だったこのあたりは、本の方にしかありません。
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by mamineko110 | 2007-03-21 23:58 | Comments(1)